初めて,この曲の魅力がわかった気がする ―片山幽雪『西行櫻』(2012.07.21)―

以下,今日の観能の印象記です。長いです。しかも,用語の使い方に誤りがある可能性があります。あらかじめご寛恕を。

 

 

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今日観た『西行櫻』,さっきもちょっと書いたように,アイ(この曲は狂言口開なので,かなり重要な役どころ)がまったくさっぱりで,なかなかの手練を揃えた笛(藤田六郎兵衛)・小鼓(曽和博朗)・大鼓(山本 孝)の次第の囃子で出てきたワキツレ(花見の衆)のとりわけ先頭のハコビがぺったぺった歩いてくる感じで趣もへったくれもなくて,冒頭から愕然としたのだが,初同(最初の地謡の謡い出し)から急によくなった。

 

 

特に,シテ(片山幽雪)のサシ謡からいっぺんに『西行櫻』の舞台になった。

 

じつはこの曲,私にとってはどちらかというと“苦手”な曲。睡魔に襲われたことも1度や2度ではない。前回にこのシテで観たときも,危うく睡魔に負けそうになった。今までで,まったく睡魔に襲われなかったのは櫻間金記のときくらい。ただ,詞章はすごく佳い。ほんとうに名曲であると思う。

 

しかも,今日のおシテ,最近ちょっと“衰え”がみえてきたというようなことも耳にしていたので,なおのこと心配だったのだけれども,とんでもなかった。

 

謡は抑えめで,人によっては聴き取りづらいところもあったかもしれないが,私にはすごくクリアに聴こえた。出立は皺尉の面に黒の風折烏帽子,丸に竪の引両紋散らしの樺色狩衣,薄浅葱大口。少し面がクモッているかなという気はしたが,それ以外はすばらしい。「さて櫻のとがは何やらん」とワキに詰め寄る言葉の力やら,「浮世と見るも山と見るも。ただその人の心にあり」とワキに向かうちょっとした所作やらが,すごく端正でしかも匂い立つような趣がある。あるいは,「恥ずかしや老木の」と作リ物を出て,ちょっと佇立した姿の美しさやら,「草木国土皆成仏の御法なるべし」と通常なら下居してワキと向き合って合掌するところ,立ったままワキに向かって合掌する姿も自然なのに確りと決まっている。クセでの所作の連続も,動きは少なめ控えめだし,ハコビに老いを感じたのも事実ではあるけれども,ノリよく謡い進んだ地謡と相俟って,何とも華やか。序之舞前のシテの「あら名残惜しの夜遊やな。惜しむべし惜しむべし。得難きは時,逢い難きは友なるべし。春宵一刻値千金。花に清香月に影。」での軽みと底強さの絶妙な謡。

 

序之舞は序を三つ。その直後に進む方向を間違えて後見が正したのが唯一の瑕瑾で,杖を持っての舞。足拍子は踏まずにすべてシヅミ(膝を曲げて,腰を沈める型)。袖も返さなかった。しかしまぁ,その姿の美しさといったら。表層的に綺麗というんじゃなくて,老いて衰えはあるにもかかわらず,なお残った美しさとでもいうべきか。しかも,弱々しさはなくて,勁さがしっかりとある。それがあるから,二段のオロシ(だと思う)でタジタジと退って常座で佇む姿が美しく決まる。今日の序之舞の囃子は,初段が終わったあと,けっこうテンポよく囃していった。どうしても,序之舞というのはゆったりと囃されることが多いし,『西行櫻』の場合は特にそうだと思う。ただ,曲趣を考えれば,華やかさ軽やかさは忘れられてはいけないようにも思う。だとするならば,今日のようなノリのよさはむしろこの曲にあっているようにも感じられた。

 

舞い上げて,地謡のすばらしい「鐘をも待たぬ別れこそあれ」という一句があって,繰り返しの「別れこそあれ別れこそあれ」でシテは常座から角トリ,大小前からそのまま橋掛かりへ。そして,謡本ではシテ謡となっている「待て暫し待て暫し。夜はまだ深きぞ」をワキが招キ扇して一ノ松まで進んだシテを呼び戻す型。これ,私は初めて見た。なかなか効果的な替の型だと思う。そして,常座で右ウケて「白むは花の影なりけり」と左袖を巻き上げて下居して枕ノ型。シテ謡「夢は覚めにけり」と立って,地謡が引き取ってシテは胸杖して「嵐も雪も散り敷くや」と拍子を一つ踏んで小回りし,常座で杖を捨て,作り物に再び入って下居。老櫻の幹に再び消えた態。そしてワキは立って常座まで進んで脇正面方向を眺めやる。ちょうど今まで見えていた老櫻の精が消えて,それを追いかけるような感じ。そしてワキが拍子二つ踏んでトメ。ちょうど1時間20分。シテの登場以降,まったく長さを感じさせなかった。

 

初めて,『西行櫻』が名曲だと実感できた1日だった。囃子も佳かった。地謡も佳かった。後見も(主後見がいちばん最初に眼鏡をかけて出てきたのは,あまり例のないことでびっくりしたが),引き回しをおろす時にちょっと引っかかったりはしたけど,心得た感じで好感。あとがよろしくなかったのは残念だったけど,それを差し引いても佳い舞台だった。

 

今年下半期の観能初が佳い舞台で満足であります。

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