2011年

10月

27日

峻厳で,人間的。 ―山本順之『姨捨』(2011.10.22)―

山本順之『姨 捨』(2011.10.22:山本順之の會 特別公演,宝生能楽堂)
 シテ:山本順之   ワキ:宝生 閑   ワキツレ:宝生欣哉,大日方 寛

 アイ:野村万作
 笛 :一噌仙幸   小鼓:大倉源次郎   大鼓:柿原崇志
 地頭:観世銕之丞  地謡:淺見眞州,淺井文義,清水寛二ほか4名

 

 今年2月に福岡・大濠公園能楽堂で閑散とした見所のなか,目の醒めるような『東北』を舞った山本順之が,以前に10回連続で開催していた自分の会の「特別公演」と銘打って舞台にかける『姨捨』。期待するなというほうが無理な話である。

 

 私は,山本順之という人の舞台をそう多く観てはいない。しかし,その割にというべきか,この人の出身が大阪の山本家だからということもあって,大阪での舞台を2004年前後にいくつか観ている。大槻能楽堂での『隅田川』,これはなぜか記憶に薄い。むしろ,本拠地である山本能楽堂での『藤戸』の前場が印象に強い。それからしばらく観る機会がなかった。大槻での『夕顔』など観たくはあったけれども,京都での片山慶次郎の舞台と重なって,行くことを得なかったりなど,そういうケースも多かった。そういうなかで,近年とみに成果が挙がっているということを聞き,大濠まで出かけたところ,瞠目の成果だった。
 
 この日もすばらしい舞台だった。私は観世流の『姨捨』をあまり観ていない。むしろ宝生流で観た数のほうが多いかもしれない。なかでも,近藤乾之助(2006.11.26)と今井泰男(2008.04.06)の2つがことさら印象に残っている。宝生の場合,後シテの出に休息があって,一ノ松で左手を指して月光を受けるような型がある。そのかわり,序ノ舞での休息はない。個人的には,こちらのほうが好きだ。観世の「弄月ノ型」というのが,どうもわざとらしく感じられて好きになれない。しかし,この日の山本順之の舞台は,そんな私の浅薄な考え方を根底から改めさせてくれるものであった。

 

 仙幸の習ノ次第(ヒシギも音こそ擦れかけたが,息が強くてむしろ趣があった)があって,ワキとワキツレの出。今さら言っても仕方がないと思うけれども,やはり閑の謡はすばらしい。ワキの「心空なる折からかな」と幕が静かに上がって,しばらくの間があり,ワキの詞の終わりにシテの呼掛ケ。低く,しかも透明感のある謡。シテとワキとの問答のあいだ,「殊に照り添ふ天の原」と三ノ松で正に向き,「隈なき四方の景色かな」とワキを見遣るように戻して,再び歩み出す。そして,「我が心慰めかねつ更科や姨捨山に照る月を見て」とこの曲の主柱たる和歌に二ノ松で正に向き,さらに「これに木高き桂の木の」と幕の方向を向く。ワキのセリフで再び進み,一ノ松へ。この一ノ松で正に向いたときの,シテとワキとの空間取りがすばらしく佳い。今回の舞台の何よりの成功要因の一つである,順之の堅固盤石な腰の力と謡の力が導き出したものであろう。常座に進んで,「薄霧も立ち渡り」と右ウケて面をつかって見遣り,「淋しき山の景色かな」と正面に直して,クッと一足あまり退る姿の根を張った美しさといったら。


 シテとワキとの問答から地謡が「それと言はんも恥ずかしや」とわずかに面をクモラセル所作も,単に面を下に向けるというのではなくて,腰を軸にして,胸をグッと引くことで自然に面がクモル感じ。もちろん,胸を引くといっても背中が丸くなったりするような安易な動きではない。推測にすぎないが,よほど鍛えられていないと,これを自然にこなすことはきわめて困難だろう。


 中入前,「唯一人この山に住む」と常座から前に数足出て,目付あたりで直角に体をワキのほうへ向け,「執心の闇を晴らさんと」とワキに向かって一足詰めながら,ヨセイ(両腕を少し開くようにする所作)する型の,動きはわずかであるにもかかわらず,その迫力たるや。見所にいても,その内に籠めた凄みに気圧される感じがした。そして,中入。送リ笛のすばらしさ。


 間狂言は万作。今まで,和泉流での間狂言も何度か観てきたが,今回初めて,能の前場・間狂言・後場が一つの物語としてつながっていることを実感した。能という,明確に演出家が定まっていない演劇で,すべてを一貫した物語として描き出すのは,意外に難しいように思う。それが,今回,勁い一本の線でつながっていた。


 閑がリードするいつもながら秀逸な待謡があって,一声。観世流の場合,宝生流と違って何事もなく常座まで出る。この幕離レの姿態の佳さは絶品。別に何かしているわけではないのだが,その安定感と美しさは比類ない。ただ,常座に出て,一セイの謡で絶句したのが唯一の瑕瑾。すぐに後見の宗家・観世清和がつけて,「あまりに堪へぬ心とや」から戻った。ただ,凄かったのは,これで緊張の糸が切れるようなことがまったくなかったこと。シテ本人の心理状態はいざ知らず,見所はヒヤッとした人もいたに違いない。私もヒヤッとした。しかし,それが以降の舞台にまったく悪影響を及ぼさなかったというのは,シテと後見の力だろうと思う。


  『姨捨』の後シテをどう形象化するかは,シテの考え方によって大きく違ってくるであろう。今回の順之のそれは,ある意味で人間的,言い換えれば,まさに老女の霊だったように感じられた。後の初同(上歌)で「また姨捨の山の出でて」と目付あたりに進み止まって少し左上を見遣り,いったんワキにアシラッたあと,正面に直して左袖をあげて面を隠すようにする一連。これも腰がしっかり決まっているから,一つ一つの所作が動く彫刻とでもいうのか,驚くほどの厳しい美しさ。にもかかわらず,そこには何か人間的なものが流れていて,冷たい無機的な美しさというのともちょっと違う。この初同の一連,現れ出た老女の霊が月に照らされているかのような感があった。


 大小の打掛を聞いて,地謡がクリを謡いだす(この日の地謡,統一的というのとはちょっと違ったが,いろんな方向性ないし特性が,最終的に“統合”されているという感じ。地頭の熱感たっぷりの謡と,助吟の知性的な感じの謡とが妙にマッチしていた)。シテの澄明感に満ちた謡,サシの「超世の悲願普き影」と扇を開いて,「彌陀光明に如くはなし」とユウケン。基本形といえば基本形なのだろうが,こういった一つ一つがきわめて丁寧で,しかも大きい。このユウケンで,クセで展開される極楽世界への扉が開かれたように感じられた。

 

 このクセから太鼓序ノ舞,そしてトメに到るまで,まさに“クライマックス”ということばがぴったりくる一連。クセで「無上の力を得る故に」と小さく左右したやわらかさ,豊かさのすばらしさ。その直後に大鼓がチョーンと大きく一つ打ったのが,これに相俟ってなお印象に強く残る。上端前の「蓮 色々に咲きまじる」と大小前からわずかに下向きに面を左右に遣って,光景を見廻すようにする一連,「寶の池の邊に。立つや行樹(なみき)の花散りて」と正中でヨセイして打込,扇を指して右に体を向ける一連など,まさに極楽世界が現出されるかのようだった。上端後のクセもすばらしく,「ある時は 影満ち」と目付あたりで佇立し,「又 ある時は 影 缺くる」と扇をそのまま縦にして上げ,胸を引くようにして面を少しクモラセつつ隠すようにする一連。これなど,腰を軸にした盤石の身体があって初めて,効果をあげうる型であるように思う。ただ立っている姿が,まさに皓々とした月に照らされているようであるということ,そして面を隠すことで陰影を感じさせるということ,おそらくそうそう簡単なことではないに違いない。盤石の身体がなければ,きわめていやらしく見えてしまうのではないかとさえ思う。

 

 序ノ舞は序を五つ(今回は,序の数がちゃんとわかった)踏んで,カカリの段。カカリの段が終わるときに大小前で扇を指したまま立っている姿さえ美しい。初段以降,拍子は踏まずに身を沈める型。見処の「弄月之型」は,私にとっては初めて見た型だった。初段から二段に変わるところで開いた扇を左手に持ち替え,つくづくと見込む。すると,ギクッと突如よろめくかのように一足。不意によろけたのではなく,これも型(以前の大槻文蔵『関寺小町』でも同じような足づかいがあった。そのときは一足ではなく数足だった気がする)。瞠目というよりほかない。老女の霊がハッと我に返らされるというのか,興じて舞っていたのが俗世のころの現実に気づかされたというのか,ある意味“残酷”な一瞬であったように感じられた。

 

 だから,そのあとに続く「弄月之型」が,月光の美しさに見惚れるとかいったようなものではなく,むしろ月に照らされて自らの来し方にあらためて想いを致しているかのような,そういうふうに私には映った。常座に下居して扇をあらためて見込んで,そのあと面は少し右上方向(脇正面方向)に照ラスかという程度で,通常のように空を見上げるというような所作ではない。これが,先ほど述べたような「皓々とした月に照らされている」という印象の最も強烈な場面。下居している姿の堅固さ美しさに支えられた,“凝然”たる老女の姿だった。そして,立ち上がって,再び序ノ舞へ。老女の序ノ舞の位取りというのは,本来こういうものなのかな,と,わからないなりにも感じられた。今回の序ノ舞,むしろしっかりと引き締まりつつも,ノリはあったのではないか。ゆっくりゆっくりと舞えば老女の位になる,というわけではないことを実感させられた気がする。

 

 舞上げて,キリも圧巻。「胡蝶の遊び」と目付に進み,左袖を被いた。それまで,袖をつかうということがなかった分,印象鮮烈。一巡して常座あたりで「今宵の秋風」と幕方向を見込む姿も,女々しさやなよなよしさがまったくない。「夜も既に白々と」と大小前で左上方(ワキ柱のほう)を見遣る姿も秀逸で,地謡と相俟って,老女の霊が朝の光に消え消えとなっていくかのような趣。それに応じて,ワキ・ワキツレは立って幕へ。この一瞬も何とも言えず佳かった。そして,ここであしらわれた笛の音。私の能力では,この場面を言語化できない。

 

 そして,シテの透徹感のある謡「獨り 捨てられて老女が」と,立ったまま体を右に向け,少しだけクモラセる。ここでシオリをしなかったのが,すごく効いていたように思う。順之さんの『姨捨』という曲に対する理解がここらあたりにもあらわれていたのではないか。シテ謡をうけて地謡が引き取り,「姨捨山とぞなりにける」とシテは少し体を右に向けつつ,両袖を体の前で合わせるようにして下居。この姿,まるで姨捨山の朝の景を見せられているような感があった。感傷的で恐縮だが,老女が養い育てた息子にたばかられて仏と思って拝んだ石が山の木々のあいだから差し込む朝日に照らされて,そこにあるかのような趣。そして,謡が終わり,囃子がいくらかあってシテは立ち,常座でトメ。

 

 

 時間は2時間10分ちょっと。今までに観た『姨捨』ではもっと長かったこともある。ただ,観終わった後の充実感は半端ない。これまで観たなかでもっとも印象的だった近藤乾之助の『姨捨』のときは,“孤独”が老女の姿を借りて形象化されたかのような趣であったが,今回の山本順之のそれは“峻厳”“崇高”という趣が強かった。その一方で,底に流れている人間的なもの,あるいはこの『姨捨』という曲がもっているドラマ性というのか,そういったものも同時に強く感じられた。こんなに凄い『姨捨』は,これから先,そうめったに見られるものではないと思う。

 

 2011年10月は,近藤乾之助『高野物狂』といい,山本順之『姨捨』といい,近来にない充実した観能月間になった。

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